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水銀整流器とは内部を真空に排気したガラスまたは鉄製容器内に水銀を陰極とし黒鉛の円柱を陽極として封じ込み、水銀アーク放電を利用して交流を直流に変換する(整流)装置である。サイリスタなどの電力用半導体素子が開発される1960年(昭和35年)頃までは、電力変換装置の主役であった。 水銀整流器は1900年(明治33)米国のクーパー・ヘイットが水銀アークの整流性を利用してガラス製水銀整流器を発明する。この研究にはジェネラルエレクトリック社(GE)やウェスチングハウス社(WH)が協力し、1911年(明治44)には500V40A級が製作され、ガラス製水銀整流器の技術が確立する。 しかしガラス製水銀整流器は電極の導体をガラスに貫通させ封着する部分に弱点があり、機械的にも弱く、排気、化成、アーク電圧損失などの処理が不十分であまり大きな電流の整流器を作ることができなかった。 当社では芝浦製作所が1916年(大正5)金杉工場の研究室でガラス製水銀整流器を蓄電池の充電用に使用していたが、1920年(大正9)ヨーロッパで鉄製水銀整流器の研究がはじまり、当社でも文献調査をはじめた。しかし翌年1923年(大正12)、関東大震災により調査も一時中断された。 しかし東京電灯がスイスのブラウンボベリ社(BBC)から鉄製水銀整流器を輸入しており、たまたま運搬中に震災にあい、浅草、田原町の路上に無残に焼け壊れて転がったままの姿の鉄製水銀整流器を研究者は調査した。国産化とは技術の模倣ではなく創出から始まるのである。鉄製はガラス製に比べ高圧大電流化が可能だ。しかし鉄槽構造、真空漏れ、逆弧、陽極及び陰極端子の絶縁と気密などゼロからの開発は困難を極めた。 当社は苦心の研究の末、1927年(昭和2)、国産初の600V、300kW電鉄用鉄製水銀整流器を完成させる。この鉄製水銀整流器は1個の真空鉄槽内に負荷電流を通じる主陽極が6個設けられ、真空槽は2重壁で内部に冷却管を設け、冷却水により内部に発生する損失熱を吸収し水銀蒸気圧を調整する。運転時は真空内の部材からの放出ガス、僅かな真空洩れによる空気を排出する真空ポンプを常時運転する。 この整流器は盛岡電灯花巻温泉電軌花巻変電所に納入され、電車の営業運転に1945年(昭和20)まで使用された。その後1930年(昭和5)鉄道省が電車の直流電化を広めるため、水銀整流器の採用を決定し、1500V1000kWを納入。さらに東京地下鉄から日本で最初の地下変電所用水銀整流器を受注するなど本格的に発展していった。 |
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