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電気扇風機が日本に初めて輸入されたのは1893年(明治26)だが、翌1894年(明治27)には、東芝の扇風機は直流エジソン式電動機の頭部に電球をつけた国産第一号機を開発した。白熱電球が登場して間もないころに、スイッチ操作一つで、頭部に電灯が灯り、同時に風が出る扇風機は、真っ黒で分厚い金属の羽をつけた頑丈なものだった。 しかし、技術的な面や使い勝手は高価な輸入品には及ばなかったため、工夫を重ね、やがて1916年(大正5)には品質の優れた、一般庶民にも手がでる低価格の芝浦扇風機を製造し、人気の家電アイテムになっていった。 当時は30cmと40cmの首振り形と固定型があり、単相誘導電動機の擬似三相式起動法によって大量生産を狙った。 さらに1920年(大正9)には、東海道線の急行列車向けに直流扇風機を製作し、換気のために窓をあけるしかなかった長距離乗車の客から大いに好評を得たのである。 アイロンと並んで最も早く国産化されたという電気扇風機。関東大震災で工場が全焼して生産が止まったこともあったが、景気の回復とともに需要も拡大し、卓上用、天井用、換気用、鉄道車両用など製作アイテムも増え、「扇風機は芝浦」と言われるようになった。 こうして扇風機は、製品の開発、機種の充実、生産の拡大が行われ、次第に家庭に普及していったものの、第二次世界大戦が始まると外国家電の輸入は止まり、国産品も1940年(昭和15)7月7日から実施された『贅沢品製造販売制限規則』によって製造中止。わずかにイラン・イラク方面への輸出が行われていたが、終戦までは海軍艦船用直流扇風機の製作に限られていた。 戦後の1946年(昭和21)になると、まず進駐軍向け、輸出向けに生産が始まった。翌1947年(昭和22)には国内一般向けの扇風機の生産、販売が再開され、以降、毎年新しい機能を搭載した新機種の開発が行われ、業界に大きな刺激を与えるようになった。 その後、高度成長期に入ると、扇風機の普及率は1961〜1963年(昭和36〜38)の3年間で29%から48%へと急上昇した。この間、ユーザの便利さを追究すべく無段変速装置、ワンハンド俯仰角調節装置、首振機構内蔵・ガードクリップ止めなどを採用。引き続いて、風が断続するウィンク扇、和風扇、ガードレス扇、和室用アンドン扇、さらに羽根前面着脱装置・全面首振角度調整装置の採用を始め、カラー化を行い、また1967年(昭和42)には分解包装のハンディパックを採用するなど、流通面でも大きな改革をもたらしたのである。 |
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